土曜日にヴィンテージ服ディーラーLと話したときに、私が買ったばかりの黒いコートを見て「思い出した、そういうの私も持ってる!明日ここに持ってくるよ、忘れていなければ」と言った。
他に特に行きたいブロカントもなかったので、20区を再訪することに。
前日に黒いコートを買ったスタンドの前を通ると、前日には見なかったツイード地のコートが掛かっている。
いいな、と思って見ていたら、「映画か演劇の衣装ですよ。業界の衣装スタジオの倉庫から出たんです」と、スタンドの主。
最初は1950年代の女性ものコートだとばかり思っていたのだが、中世の男性役のコートらしい。本当だ、コートの合わせが左上の男性用だ。
ウールだと思っていたら、どうやら合成繊維も混じっているよう(アイロンをかけていて気づいた)。
タグに書かれているMINE BARRAL VERGEZは、1971年にパリ1区で創業し、現存する衣装製作企業。コメディー・フランセーズも近いし、右岸には小劇場が山ほどあるから、演劇関係者の御用達メーカーなのだろう。
パリの電話番号が数字のみ7桁だったのは1955年から1974年まで。ということは、このコートが作られたのは1971年から1974年の間だ。
タグにボールペンで手書きされた「MARECHAL」は、おそらく劇中の役名(または俳優の名前)。
私には肩が少し大きめで、夫にぴったりだった。髭面の夫が着ると、中世の設定だというのに納得する。中世の商人っぽい。マルコ・ポーロが着ていそうな雰囲気だ。
ここではもう1着、別のコートも買った。
象牙色のガウンのような形のコートで、ほぼ未着用と思われる。これは1950年代かな。袖口が広がっているところが好きだ。
裏地にまんべんなくフリルがついていて素敵なのだ。冬に白いコートを仕立てて着られるとは、さぞ裕福なお嬢様の持ち物だったのだろう。部屋着の羽織りだったとしたら、なおさら贅沢だ。
裾が少し汚れていたのは、石鹸で洗ったらすっかり落ちた。
さらに、モヘアのニットも購入。前日に見ていいなと思っていたのが、よかった、まだ売れていなかった。
クレイジーな色づかいとモチーフが最高な手編みで、ボタンも楕円形の凝ったデザイン。
1970年代後半から1980年代あたりのものだろうな。無地のニットは今の世の中にもあふれるほどあるけれど、こういう気の利いた模様のものは本当に少ないし、高い。黒い長めのスカートとか、白いワイドパンツと合わせると良さげ。
さて、この3つの買い物の大荷物を持ったまま、Lのスタンドへ。Lは接客中で忙しそうだったので、またラックの端から順番にチェックする。
前日に話していた1950年代の黒いシルクのコートは、すぐに見つかった。
七分丈の太めの袖、襟元の大きなビーズ付きボタン、裾に向かってゆったり広がる身頃のライン、どれを取っても完璧な理想形だった。
すっかり買う気になって試着していたらLがやってきて、「最高でしょう?でもね、今朝これを出している時に、うちの猫が飛びかかって引っ掻いちゃって…」と背中の上の方を指されてびっくり、5センチほどもある鉤裂きが!あああああああ…
尊いお猫様の気まぐれとはいえ、悲しい。これは私には修理できない、と断念した。
そうこうしているうちに、前から気になっていた1980年代のワンピースを、ある女性が試着しはじめた。薄いグレーの地全面に朱赤の大きな花のシルエットが散りばめられた、ふくらはぎ丈の直線的なワンピース。
けっきょく彼女はその場では買わなかったので、私も着てみることにした。他人が着ているのを見て改めて魅力に気づく、というのはよくある。
似合う。ハンガーにかかっている時よりも、着た時の方が数倍よく見える。これは買うべき。
現金を調達しに駅前のATMまで行って、足早に戻ってきたら、Lのスタンドが最高潮に混んでいた。
しばらく座って支払うタイミングを待っていると、さっきワンピースを試着していた女性が戻ってきて、何やら探している。私は反射的に「もしやこのワンピースを探していますか?」と話しかけた。
「あなたの方が先に見つけたのだし、もし買われるのなら私は諦めますよ」と言ったのだが、一瞬考えたのちに「いいです」と去って行った。
なんだ、じゃあやっぱり私が買おう。さらに支払いのタイミングを待つ。
すると、5分ほどしてまた、その女性が戻ってきた。「やっぱり買いたいんですけど」と。買い物の決断に時間がかかるタイプの人なのだな。
「ではどうぞ」と譲り(私には常に他にも買うものが山ほどあるし)、手元は空っぽになった。
さて、坂道を往復して現金を下ろしてきたのだし、なにか買うものがあれば…と思ったら、Lがプッチのスカーフを出してきた。大判のものは何度か見せてもらっているのだけれど、小さなタイプは初めてだ。1970年代ごろの品物。
2つあった中から、LとB(Lの友人ディーラーで、たまたま遊びに来ていた)が「絶対こっちでしょ」と言った方に決める。たしかにこっちの方が顔色が良く見える。
丸首ニットの襟元に巻くのにちょうどいい大きさ。