「パリのごちそう : 食いしん坊のためのガイドブック」

友人の高崎順子さん執筆の新刊がとても良かった。

食いしん坊の視線を釘づけにする、ジビエ料理の写真が目印。帯文を寄せているのは料理研究家の長尾智子さん。

パリのレストラン紹介ガイド本を作るのは、はっきり言って難しい。

料理人やサービス係が数ヶ月単位で変わり、オーナーが数年単位で変わるのは日常茶飯事。賞味期限の短い雑誌の特集ならまだしも、数年間にわたり読み続けられる書籍となると、責任は重大。

そんな中、この「パリのごちそう : 食いしん坊のためのガイドブック」に紹介されたレストランは、在仏十余年の著者が定期的に足しげく通い、シェフたちと個人的な信頼関係を築き、取材し、吟味された店のみ、という粒ぞろい。

根気よくアクをすくい続けてこしらえられた、透き通るブイヨンのような、著者の丁寧な仕事ぶりが随所に感じられる。旨味のギッシリ詰まった本。

内容は「肉」「魚介」「ジビエ&モツ」「野菜」「スイーツ」という章立てで、食材別で辞書を引くような感覚で楽しめる。

最後に「高級店(ガストロノミー)」が2店挙がっているのだが、最高級レストランのシェフがホロリと心情を漏らす場面には、思わずページを繰る手が止まる。
スター料理人も生身の人間であり、キラキラした上澄みだけの取材では済ませたくないという姿勢が、高崎さんらしいと思う。

フランスの食業界の流行り廃りは激しい。珍しい異文化の食材と調理法が、洒落た盛り付けで供されもてはやされ、消費されては、じきに消えて行く。けれど、そういう流行りモノは、自然にふと食べたいと思う料理ではないのだ。

それはたとえば、「着慣れたシャツにいつものピーコートに手入れのされたブーツ」のようなスタイルの気張らなさ心地よさには、どんなモードな服も敵わない、と感じるのにも似ている。

上質でオーセンティックな、けれど決して退屈ではない料理店ばかりが集合した、「定番のツウ」向けの本だとも言えよう。

「おすすめの食べ方」「耳より情報」「予約のコツ」が各店ごとに添えられていて心強い。
「食卓でのフランス語」も、必要最低限の語彙プラス「さりげなく感じ良く品良く」コミュニケーションをとる、という点に気づかいのうかがえる監修だ。

実はこのブログの「美味しいもの」カテゴリーに度々登場していた「Jさん」は、彼女のこと。

ブロカントのキュ・ノワール沼やバスク沼やエンツォ・マリ沼に、私をずるずると引きずり込んでくれたのも、彼女だ。

食べる営みを全方位から愛し、パリの食文化を隅々まで味わい尽くす彼女の、まるで「滋味あふれるスープ」のような、そして「噛めば噛むほど味わい深い赤身肉のステーキ」のような文章が、私は好きだ。