約1年ぶり、4区ヴォージュ広場周辺でのブロカント。
いつものプロ専門ブロカントかと思っていたら地域バザーも兼ねていたようで、けっこうな規模だった。
Saint-Paulの駅を出てすぐのところには、ブルターニュからやってくる友人、ミリタリー服ディーラーTのスタンド。そこで、シュッとしたかっこいい冬物パンツを見つけた。
深緑色のは前に見たことがあったけれど、似合わない色なので特に気にも留めず。でもこの彩度高めの華やかなワイン色は、とてもいい…!
箱の底の方から1点ずつ確認して、最小サイズを見つけた(それでも少し大きいし長い)。
イギリス王立軍の騎兵の制服で、タグの番号からおそらく、1999年の製造とみた。
デザイン自体は19世紀あたりから変わっていなさそうだ。
分厚いウール地で手に持つとずっしり重いのだが、重力のおかげもあって、履くとみごとな脚線を描く。
裾上げのしかたが特殊だったのだけれど再現はせず(できないし)、普通のまつり縫いで短くした(撮影はカット前)。
サスペンダーで吊ることもできる。
夫は同じくイギリス王立軍の、戦闘機パイロットのブルゾンを買っていた。秋に着られるちょうど良いアウターを持っていなかったので、喜んでいる。
紙ものディーラーDはいつもどおり、ヴォージュ広場の北西角に陣取っていた。
ローマ人が支配していた頃のパリの地図なるものを発見。
ローマ人がパリにやって来たのは紀元前1世紀ごろなので、私のパリ地図コレクションの中では最古のものになるはず(地図が印刷されたのは19世紀初頭)。
当時はパリと言えばシテ島のことで、見てのとおりの小ささ(ピンク色の部分)だ。
ローマ人駐留地という文字があるあたりは、おそらく今のリュクサンブール公園あたりではなかろうか。
もう1枚のパリ古地図は、1180年から治世したフィリップ・オーギュスト王の時代のもの(地図が印刷されたのは19世紀後半)。この王の時代になってやっと、パリはフランス王国の首都に格上げされた。
城壁で囲まれたピンク色の部分がパリ市内。まだ小さい。
どれくらい小さいかと言うと、現在のサンジェルマン=デ=プレがパリの外の修道院ということになっている。
さらに、城壁の外にはぶどう畑が点在している。でなければ雑木林。さぞのどかな風景が広がっていたのだろうな。
1920-1930年ごろのヴァンセンヌの森の地図も、小さくてかわいいので買った。
最後にヴィンテージ服ディーラーLのスタンドを見つける。ヴォージュ広場にはひさしぶりの出店だと言っていた。
前週に見て気になっていた、キューバとかメキシコな雰囲気のシャツ。夫の肩に合わせてみると、サイズは合いそうだ。
ささっと試着したらやっぱりぴったり。
身頃と一体になった袖が、80年代風で最高。肩の幾何学的モチーフは、ヒョウ柄のようにも見える。
たまに借りて着ようかなと思う。
右肩にあった大きめの血痕みたいなシミは、2日かけて無事に取り除いた。
デッドストックでも保管中にシミや傷がつくことはあるんだよね。