在籍していた美術大学の教授が引率するヨーロッパ美術館探訪ツアーに参加したのは、3回生の時だ。
ノルウェーのオスロ、ドイツのミュンヘン、オーストリアのザルツブルグとウィーン、イタリアのヴェネツィアとミラノとフィレンツェとローマ、イギリスのロンドン、フランスのパリに数日ずつ滞在して、国境間を移動する時以外は基本的に自由行動という、3週間すこしにわたる旅程だった。
1日平均で3件ほど美術館と博物館と現代アートギャラリーに行き倒し、画集を買い、街並みを見物し散歩を楽しんだ。当時のアルバムによると、最初の3都市では同じクラスの学生同士でなんとなくつるんで動いていて、ウィーンから先は基本的に1人で行動していた。
初めてのヨーロッパ旅行で、出発前から楽しみにしていたのはロンドンとパリ。特にロンドンは、モッズファッションに惹かれ始めていた私にとっての、主要目的地だった。旅行ガイドブックのほかに、SPURやFigaroのロンドン特集ページを切り抜いて大事に持って行った。
カムデンの蚤の市近くだったか、たしかな住所は忘れてしまった。自作のアルバムには、当時に買ったものの写真や情報は全くなかった(飼っていた猫のためにパリで買った首輪だけは撮ってあった)。絵日記のほうに書いたような気もするが、すぐ手元に見つからない。
「いまロンドンで一番人気」と雑誌に書かれていたそのヴィンテージ服の店に、素直に行ってみた。
住所に着くと、店頭でマネキンに着せられようとしていたコートが素敵だったので、店に入る前にそれを試着させてもらう。
値段はうろ覚えながら、買えないほど高くはなかった。即決で購入を決めた私の一歩あとにそのコートに気づいた人が、とても悔しそうにしていたのを覚えている。
当時はヴィンテージとアンティークの区別もついていないので、時代がいつ頃のものかすら訊かず(会計の時に説明してくれたのかもしれないが)。
最近しみじみと眺めていたら、デザインといいボタンの素材といい、1900年とか1910年頃のものだ、と気づいた。
当時の私、なかなか見る目があるじゃないか。
これを買ったあとすぐにパリ入りしたので、旅行中で唯一のちゃんとしたレストランでの食事にも着て行ったはずだ(あとの日はホテルの朝食ビュッフェの青リンゴを日中かじったり、安いパンを買ったりして凌いでいた)。
このコートが、アンティークとわかっていて買った、人生で最初の服になる。いま見ても大好きだ。