謎の子供用銀器の正体を突き止めるべく、パリ3区へ。
ところが、ネット検索で見つけたRéaumur通りの住所には、全くちがう名前の同業者の店舗が。まあ、こういうのは想定内。
店内に入って「ダニエル・クレギュという銀器の会社はここではないのですか」と訊くと、「そこは引っ越したのよ。すぐ近くだから。住所は…」と、親切に転居先を教えてくれた。
フランス人が「すぐそこ」と言う時は、あまりすぐそこではないことが多いのだが… 早足で7分ほど歩くと、新住所に到着。わりと正確に「すぐそこ」だった。
え、路面店じゃなくなってる!めっちゃ入りにくいやん…
工事中で建物の入り口扉が開放状態だったので、運よくすんなり入ることができた。
というか、インターフォンも無くて、勝手に入るしかない。
誰もいない、さびしい階段を上って2階に行くと、
あった!
扉を前にして今さら「やっぱりこういうのはアポとって来るべきだったんだろうな…」と怖気づくも、エイやっと白い呼び鈴を押す。が、何の反応もない。
続いて、自ら扉を開けようとするが、ビクとも動かず。いないのか、そうだね、アポなしだもんね… と、未練がましく扉の写真を撮り、トボトボと階段を下り始めたところで、ガチャッと扉の開く音が!
男性が出てきて、「呼び鈴が聞こえたのに、誰も入って来ないから変だと思って」と。どうも私はビビり過ぎて、扉の押し方に気合いが足りなかったようだ。
快く迎え入れてくれた男性、よく見ると俳優のThierry Lhermitte(ティエリー・レルミット)似である。
「で、あなたはどこのメゾンから?」と訊かれ我にかえり、「すみません、どこのメゾンでもなくて、個人的に来たのです。実は先週、パリのブロカントでこれを買いまして。これを作った会社の人なら、このオブジェが何なのかをご存知かと思って」と、事情を説明。
彼はしばらくオブジェを眺めて、「ああ、これは赤ちゃんの離乳食の時に使っていた、ラクレット(スケッパー)ですよ」と。
「赤ちゃんがこれで食事するんですか?!」
「いや、赤ちゃんが離乳食を食べる時にスプーンを使うわけですが、おかゆ状の食べ物はスプーン1本ではすくいにくい。それを、大人がスケッパーを使って押してかき集めて、赤ちゃんがスプーンを使い易いようにしてあげるんですよ。大人なら両手でナイフとフォークを使ってなんとかしますが、赤ちゃんなので、ナイフを使う替わりの道具ということです。今ではこういうのは使わないですが」
謎が解けた!離乳食の補助カトラリーだったのか。
離乳食時期、赤ちゃんはスプーンを使って自分で食べることを学ぶ。
道具がうまく使えない時、親が替わりにスプーンを奪い取って食べさせたりはせず、あくまで「赤ちゃんがスプーンを使い易いように手助けする」ということか、自立を重んじるフランスらしくて面白いな。
こういう銀器類はブルジョワ家庭で使われるもの。上流の食事作法の躾が、離乳食時代にすでに始まっているということだ。ボウルは正式な晩餐の食器ではないから、離乳食だからといって皿以外の食器を使ったりはしなかったのだろう。
「この道具の正式な名前、分かりますか?」と訊くと、「ちょっと待って。奥にいる同僚の女性なら知っているかもしれない、訊いてくる」
あまりに静かなので、働いているのは彼1人かと思った。会社の中は想像したよりも広い。年代物の木製什器がギッシリと並び、謎の記号が各ひきだしに割り振られている。金型だとかデザイン図面だとか、そういうものが収まっているのだと思うとワクワクした。
「やっぱり彼女にも正式名称はわからないって。『掻き集め器』ってことは確かなんだけど」との返答。少し残念。いつ頃の製品か質問すると、1950年頃だと思う、との返事。
めでたく謎が解けてすっきりした私、ティエリー・レルミット似の彼にていねいにお礼を言って、晴れやかな気分で家路に。